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福岡県の近世絵図

当館が所蔵する、江戸時代の福岡・博多に関する絵図を掲載しています。

※原史料保護のため、一般公開はしておりません。
※画像の無断使用は禁じます。

福岡県立図書館郷土資料課

福岡城下町図 : 博多絵図 : 筑前国絵図 : 福岡県の近世絵図


■ 福岡城下町図
画 像 資 料 名 年 代 作 者 形 態 法 量 備 考
資料の画像 福岡城下屋敷図 全
「大田資料」331号
〔江戸後期〕 不詳 紙本着色
掛幅装
75×83 東西は那珂川から唐人町、南北は荒戸山から六本松付近までを描いた絵図で、 成立年は不明ですが、慶安4年(1651)以降寛文9年(1669)以前のものと推定されています。
資料の画像 福岡御城下絵図
「福岡県史編纂資料」
651号
元禄12年 不詳 1枚64折 337×550 東西は石堂川から藤崎まで、南北は現在の西公園から中央区谷までを描いています。
武家屋敷には居住者の氏名が記され、神社は境内の景観が描かれています。
資料の画像 福岡御城下之絵図
三枚の内中通り
「福岡県史編纂資料」
654号
〔江戸期〕 不詳 1枚36折 226×302 東西は那珂川から菰川まで、南北は荒戸山から大鋸村までを描いています。
年代は元禄12年となっているが「若宮大明神」の位置から正徳期以降に作製されたと推測されます。
裏面に「三枚の内中通り」とあり、3枚1組のうちの1枚であったことがわかります。

表紙画像
資料の画像 福岡藩屋敷図
今泉岩戸辺
「大田資料」332号
元禄12年 不詳 紙本着色
掛幅装
75×57 今泉辺の屋敷割りを図示した絵図で、 近隣の庄村、今泉村には樹木や家屋が描がかれています。
図の右肩に 「五枚之内元禄己卯御城下絵図之内従今泉到岩戸口辺」とあり、 5枚組の絵図の1枚であったことがわかります。
資料の画像 福岡御城下絵図
梁橋ヨリ藤崎川ニ至ル
「福岡県史編纂資料」
652号
安永6年 不詳 1枚 138×228
資料の画像 福岡御城下絵図
梁橋ヨリ中島橋ニ至ル
「福岡県史編纂資料」
653号
安永6年 不詳 1枚64折 263×284 東は那珂川から西は唐人町まで、北は荒戸山から大鋸谷までを描いた絵図で、武家屋敷には居住者の氏名が記されています。寺院は白色で描かれ、神社は境内地の景観が描かれています。
県史編纂資料652「福岡御城下絵図」とは2枚1組で、安永6年(1777)に作製された絵図です。題箋に「梁橋ヨリ中島橋ニ至ル」とあります。

表紙画像
資料の画像 福岡御城下絵図
「福岡県史編纂資料」
650号
〔宝暦~天明期〕 不詳 紙本着色
1枚32折
143×197 東は博多の北西部から西は樋井川河口まで、北は今日の西公園から南は大鋸谷までを描いた絵図で、武家屋敷の間口と奥行きは示されていますが、居住者名は記されていません。
大濠に堤がみられることから、その造成が終了した延宝7年(1679)以降に製作されたものと推定されています。

表紙画像
資料の画像 福岡城絵図(写)
「大田資料」328号
宝暦7年写 不詳 紙本着色
掛幅装
67×85
資料の画像 黒田藩備組之図(写)
「大田資料」329号
明暦年中草稿 明治2 不詳 紙本墨書
掛幅装
90×27
資料の画像 福岡城下屋敷全図(写)
「大田資料」330号
寛政10年5月写 不詳 紙本墨書
掛幅装
102×71
資料の画像 福岡藩屋敷図 荒戸辺
「大田資料」333号
[江戸後期] 不詳 紙本墨書
掛幅装
55×58
資料の画像 福岡城下屋敷図
春吉、谷辺
「大田資料」334号
文化14年6月28日 不詳 紙本墨書
淡彩
77×44
資料の画像 福岡城下屋敷図
唐人町枡木屋辺
「大田資料」335号
〔江戸後期〕 不詳 紙本墨書
掛幅装
47×85

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■ 博多絵図
画 像 資 料 名 年 代 作 者 形 態 法 量 備 考
資料の画像 博多旧図
「大田資料」336号
〔江戸後期〕 不詳 紙本着色
掛幅装
64×72 三宅酒壺洞氏によれば、博多の古図は太閤町割りが実施された天正15年 (1587)を境とし、前後二期に分けられます。
この絵図は後期に属するもので、「流れ」(太閤町割りの通りの総称。現在も博多祇園山笠行事に継承されている。)の様子がよくわかり、松原などの描画も興味深いです。
資料の画像 博多之古図 (写)
「大田資料」337号
明治27年7月写 清得菴三宅所蔵 紙本着色
掛幅装
2枚貼付
49×42
39×53
『石城志』(津田元顧・元貫共編 明和2年(1765)所載の博多古図とほぼ同じ絵図です。
記入は簡略ですが、櫛田社が鳥居を南側に向けていること、濡衣伝説で有名な濡衣塚が、濡衣島と称して小島に描かれているのが特徴的です。
資料の画像 博多往古図
「大田資料」552号
〔江戸期〕 不詳 紙本着色
掛幅装
62×98 鎌倉期から室町期の博多を、様々な文献から推定して描かれた前期の 博多古図に属する絵図です。
説明書きに『石城志』が引用されていることから、明和2年(1765)以降の成立と推定されます。
松囃子や 博多町割りなどの説明書きも付され、名所案内の趣もあります。

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■ 筑前国絵図
画 像 資 料 名 年 代 作 者 形 態 法 量 備 考
資料の画像 筑前国中の絵図
「大田資料」309号
〔江戸期〕 不詳 紙本着色
1枚16折
77×100 水界を青で着色した単純な彩色で、実用的な趣の絵図です。
携帯を目的として製作されたものでしょうか。成立年は不明ですが、直方や秋月の記入があり、絵図の形状が「筑前分間図」(大田資料327)に近いことから、17世紀後半以降のものと推定されます。
資料の画像 筑前国中図 (写)
「大田資料」310号
安永8年亥2月写 明石行仲写 紙本着色
1枚42折
183×187 この絵図は「慶長筑前国絵図」(『福岡県史資料』第2輯付録)を踏襲しながらより精度を増すために街道などの修正が加えられています。
また直方や秋月の町立てがなされていることから、寛永前期以降のものと 推定されています。古城などの史跡も詳細に書き込まれ、彩色も美しい絵図です。
資料の画像 筑前分間図 (写)
「大田資料」327号
元禄8年
元禄14年成
天明6年写
不詳 紙本着色
掛幅装
115×103 天明6年(1786)の写、原本は元禄14年(1701)作製で景観は元禄8年(1695)当時のものです。
説明書きによると、この絵図は元禄8年(1695)の公命を以て製作され元禄14年(1701)に成立した絵図が余りに大型であったため、利用の便を図るため小型化したものです。
「元禄十四年筑前図」(『福岡県史資料』第8輯付録)と比較してみるのも興味深いです。

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■ 福岡県の近世絵図
画 像 資 料 名 年 代 作 者 形 態 法 量 備 考
資料の画像 筑前国郡絵図 貴重資料
合計10枚の絵図から、江戸時代の筑前国の14郡の景観をご覧いただけます。
資料の画像 秋月城下絵図 18世紀後半から19世紀にかけての3枚の秋月城下の様子をご覧になることができます。
資料の画像 豊前国城井谷絵図
「大田資料」323号
〔江戸時代〕 不詳 紙本着色
1枚24折
95×164 黒田氏が筑前入国以前の領地であった豊前国中津で、黒田氏に最後まで 抵抗した宇都宮鎮房の居城のあった城井谷の地図をご覧になることができます。
資料の画像 筑後柳川城絵図
「大田資料」352号
[江戸後期] 不詳 紙本着色
掛幅装 1幅
57×82
資料の画像 名嶋古城図 [明治31年5月写] 不詳 図面 着色
墨書 1枚
49×52 準貴重図書
資料の画像 名島城絵図 不詳 不詳 図面 着色
墨書 1枚
47×68 貴重資料
資料の画像 香椎神社図
(香椎神社境内絵図)(写)
「大田資料」340号
[明治初年写] 不詳 紙本着色
掛幅装 1幅
38×52
資料の画像 宗像神社大島村
沖津宮遥拝所図(写)
「大田資料」341号
[明治初年写] 不詳 紙本着色
掛幅装 1幅
34×48
資料の画像 宗像神社瀛津宮全図(写)
「大田資料」342号
[明治初年写] 不詳 紙本着色
掛幅装 1幅
38×48
資料の画像 宗像神社
辺津宮全図(写)
「大田資料」343号
[明治初年写] 不詳 紙本着色
掛幅装 1幅
36×47

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問合せ先: 福岡県立図書館 郷土資料課
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