事例詳細

調査・質問内容

質問番号 0000034025
状態 受付済
質問日 2023/06/06

「福岡県娘別品競」について調べたい。
発行回数や大きさ等がわかる資料はあるか。

図書館からの回答

回答状態 公開済
公開日 2024/04/07
関連質問番号

参考文献1『Facta 福岡市博物館だより』通巻40号
所蔵品紹介37で、「福岡県娘別品競」が紹介されている。

参考文献2『博多のうわさ』第40巻12月号 
p.22-24に記事あり。
「筑前国娘別嬪競べ―つんちゃんの娘番付―」

参考文献3『博多風俗史』 遊里編
p.347 「一八八九 明治二二 大神常吉 美人番付「娘別品競」を出す」
とある。

参考文献4『博多ダイジェスト 』 福岡の昨日今日明日 (福岡観光叢書 : 5)
p.243 「明治二十二年四月と、二十七年四月に発行、定価十銭。「娘別品競」と題してありました。」
とある。

参考文献5『ふてえがってえ : 福岡意外史』
p.37-39 「博多、福岡各百五十人、周辺郡部三百人など、合わせて六百三十人の住所、氏名、年齢を大相撲の番付風に並べた和紙木版刷りで、題して「筑前国娘別品競」。」

参考文献6『収蔵品目録』 17 平成11年度収集 p.131
「17441 博多娘番付(娘別品競) 明治23年 18.0×13.0 3枚」の記載あり。

参考文献7『収蔵品目録』 27 平成21年度収集福岡市博物館 p.8
「31.大神 皓資料
   (略)
福博の名物男と称された「箱﨑ツンちゃん」こと大神常吉の肖像。大神常吉は安政元(1854)年箱崎生まれ。果物卸商を営む傍ら、県内各地の娘たちの氏名、年齢、特長などを調べ上げ、その一覧を番付にして発行し評判を取った。明治 22(1889)年の「福岡県筑前国娘別品競」、明治 27(1894)年の「福岡県娘別品競」が知られる。彼はこうした情報を生かし、社寺の大祭などに際して娘行列なるものを催し、福博の娘たちを従えて市中を練り歩いた。晩年は、娘番付に代わる娘写真帳を制作し、また若くして亡くなった娘たちの霊を慰めるため、市内入定寺に月痕花影の碑の建立をもくろむものの実現を見ぬまま大正 13(1924)年に死去。この写真は娘写真帳制作に際して印刷されたものではないかとみられるが、詳細は不明である。」の記述あり。

参考文献8『新聞にみる福岡県女性のあゆみ 明治・大正編』
p.87「明治19年 4・28 娘別品競 粕屋郡箱崎村の大神常吉は、福博15郡中の28以上45位の年齢の別嬪(べっぴん)630人を品評。顔形のみならず、裁縫・書画・孝心・花茶などが採点基準」とある。

以下は、レファ協に含めないが記録しておく。
参考文献9『博多風俗夜話』
p.185-189「第十四話 筑前国娘別嬪競べ」

参考文献

タイトル 注記
Facata 福岡市博物館だ 1994-2004年(製) 15-57号
博多のうわさ 1974年12月号 40巻12号 40
博多風俗史 遊里編
博多ダイジェスト
ふてえがってえ
収蔵品目録 17(平成11年度収集)
収蔵品目録 27(平成21年度収集)
新聞にみる福岡県女性のあゆみ 明治・大正編
博多風俗夜話 p.185-186

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