調査・質問内容
| 質問番号 |
0000039064 |
| 状態 |
受付済 |
| 質問日 |
2025/08/03 |
戦後、板付米軍基地にあったアメリカンスクールについて、所在地や開設の期間について知りたい。
図書館からの回答
| 回答状態 |
公開済 |
| 公開日 |
2026/03/17 |
| 関連質問番号 |
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◆参考資料1『板付基地の経済』(マイクロ資料№6055)
p.28「第1節 板付基地の概観」「1 概観」に以下の記述あり。
「ここで板付基地と呼ぶのは、板付飛行場を中心とし、米軍専用のブレデイ基地(1960年8月閉鎖)、第3高射砲陣地、春日原ベース、自衛隊との共同使用施設としての平尾射撃場、古賀・新宮訓練場、背振山航空管制通信所、博多QM補給所等の諸施設からなる一連の空軍基地のことである。(中略)しかし主な施設は、板付飛行基地(Itazuke Air Base)、春日原ベース(Administrative Annex)、ブレデイ飛行基地(Brady Air Base)の3つである。」
p.30-33「3 基地の内容」「(ニ)その他(Other Units)」に「学校(Dependent School)」の記述あり。
p.33「第8図 春日原ベース案内図」に「42 学校」の掲載あり。
◆参考資料2『板付・雁ノ巣基地の概要』
p.1「1章 板付基地の概況」「(1)基地群のあらまし」に以下の記述あり。
「板付基地群と呼ぶのは、板付飛行場を中心とした雁の巣空軍施設、春日原住宅地区などの諸施設からなる一連の在日米軍提供区域をいい、その関係面積は約1,186万平方米に及んでいます。」
「表1」によると、春日原住宅地区の所在地町名は「筑紫郡 春日町 大野町」
p.37「3章 板付基地拡張の経過」「(1)板付飛行場、春日原住宅地区」に以下の記述あり。
「飛行場の拡充と並行して、(中略)筑紫郡春日町、大野町に米空軍将兵の宿舎や総合的業務施設である春日原住宅地区が設置されています。」
◆参考資料3『米軍ハウスの世界』
p.45-46「米軍と春日原を巡る主な動き」に以下の記述あり。
1945年(昭和20)10月 占領軍が小倉陸軍造兵廠春日製造所を接収(後の春日原住宅地区)
1947年(昭和22)1月 春日原の基地内に家族学校が開設
1968年(昭和43)6月 米軍ファントム機が九州大学構内に墜落 政府が板付基地の移転声明を発表
1970年(昭和45)12月 日米安全保障委員会、板付飛行場の返還決定
1972年(昭和47)6月 春日原住宅地区の返還式
◆参考資料4『修猷館二百年史』
p.360-「第二編 部活動史」 p.395-400「英語研究部」
p.398「Ⅶ 板付米軍基地の撤退と部員数の減少(昭和四十八年~昭和五十五年)」に以下の記述あり。
「昭和四十七年に板付米軍基地が撤退すると、アメリカンスクールが閉鎖」
◇参考URL1「福岡インターナショナルスクール」HPに以下の記述あり。
「Our Story A 50 year history」(https://www.fis.ed.jp/about/our-story)
FUKUOKA INTERNATIONAL SCHOOL> ABOUT > OUR STORY
「In 1972, Fukuoka International School was established upon the closure of the U.S. Air Force Base School in Itazuke.」
(日本語に翻訳):「1972年、板付の米空軍基地学校閉校に伴い、福岡国際学校が設立されました。」
参考文献
参考URL
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